9年ぶりに日本で行われる待望のフルディスタンス・アイアンマンの舞台を創る関係者たちの活動ストーリーを紹介するインタビュー企画。
トライアスロンに限らず国内において公道を使用するスポーツイベントは、許認可関係など実施に向けてのハードルが高く、時間もかかるのが実情といえるだろう。そんな中、『国が管理する自動車専用道路をコースに利用する』アイアンマンが開催されることは各方面から大きな注目を浴びている。
そのレース実現への重要なキーマンとなった国土交通省北海道開発局の藤野訓さんにお話を伺った。
(インタビューは3月26日に実施)
Interviewer/綱島浩一(アイアンマンジャパンみなみ北海道レースディレクター)
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ーー アイアンマンジャパンのバイクコースに自動車専用道路を使わせてもらえないかと私(綱島)が函館開発建設部 地域振興対策室にお願いに行ったとき、どのような印象をもたれのでしょうか?
昨年の5月でしたよね。それまで、アイアンマン開催に向けて地元への働きかけがあることは聞いていたのですが、直接説明を受けたときに、「なんとか実施できればいいな」と思いました。
函館近辺で実施されている大きなイベントでいうと、函館マラソンや函館港祭りなどがありますが、それらは20年、30年以上の歴史が積み重ねられたもので、まったく新しいイベントが地域で生まれることはなかなかないこと。
絶対に地元のためになりますよね。
アイアンマンが実施されれば、大会当日だけでも選手や関係者合わせて3,000人くらい訪れると、そのとき聞きました。おそらく3、4泊はするでしょうから、それだけでも地域への経済効果があるだろうと。
函館からアイアンマンのフィニッシュエリアとなる木古内までをつなぐ全長34kmの函館・江差自動車道。函館方面に向かう途中では遠くに道南のランドマークのひとつである駒ヶ岳を望むことができる
もう一つは、純粋に面白いと思いました。
バイクコースに函館・江差自動車道を全面通行止めにして使いたいという話だったので、「これ(国土交通省が管理する自動車専用道路で)は多分前例がないだろう」と。
前例のないことができたら楽しいだろうな、という印象でした。
これが(道路を使えるよう尽力した)一番の理由だと思います。
その後、高知県宿毛市で、国土交通省が管理する自動車専用道路で自転車レースを実施しているということを知ったのですが、北海道ではまだ当然なくて、これまで国内で行われたアイアンマンでも初めてだと聞きました。
だから絶対に面白いだろうし、なんとか実現したいなとそのときは思ったんです。
あと、北海道開発局のPRにもなるのでは? と思いました。
一般市民からすると国の行政機関って、堅くて融通が利かなくて、手続きにも時間がかかるという印象をもたれている人は多いかもしれません。特に自動車専用道路を全面通行止めにするようなイベントに許可は出ないだろうと。
でも、こういったスポーツイベントが自動車専用道路を活用して開催され、みなさんに楽しんでもらえれば新たな価値を生む空間としても発展していくかもしれません。
「開発局ってそんなこともさせてくれるんだ。すごいじゃん」という声も出るだろうと思ったんです。
北海道開発局が何をしている組織かということは北海道民でも知らない人が多いのではないでしょうか。道路の整備をしている。除雪をしているくらいかもしれません。
そんな開発局を、アイアンマンを通して少しでも知ってもらい、興味をもってもらうことも僕の重要な仕事のひとつかなと思いました。
地域の活性化のためになることはもちろん、開発局のPRにもつながる素晴らしいイベントをぜひ開催したいと考えたのです。
普段は自転車が走ることのできない自動車専用道路が今年9月15日にトライアスリートの決戦場と化する
一方で、前例がないものは役所では話が通りにくいということがあります。ですが僕は前例がなくても、地域振興対策室長として地域のためになることならばやるべきと思ったんです。
そこで当時の道路担当次長に相談したところ、いろいろ調べてくれ「四国(高知県宿毛市)の自転車レースで自動車専用道路を通行止めにした事例がある」と教えてくれたんです。
そして部長にも話をしたところ「地域のためになり、地域がやりたいからぜひ開発局に協力してほしいというのであれば、全面的に応援、支援すべきだろう」と言ってくれて、これら上司の言葉が僕を強く後押ししてくれました。
当然、僕だけの判断で「面白そうだからやりましょう!」ということにはなりませんので。
ーー レース開催が決まった今、注目していることはありますか?
こういったかたちで今回、スポーツイベントが自動車専用道路を使用することが、今後どれくらい波及するのか気になっています。
全国的にもほとんど前例がないこと、開発局では今まで一度もなかった自動車専用道路の使用が実績になるわけですから。
全国的に話題になりますし、もしかしたら波紋を呼ぶのかもしれませんね。
いろいろな質問に忌憚なく答えてくれる藤野さん。その姿勢からも地域振興に対する熱い思いが随所に伝わってくる
ーー 普段から開発局が担う地域振興とはどのような内容になるのでしょうか?
やはり開発局の主な事業はインフラを整備することなので、その事業を通じて地域に貢献することだと思います。
インフラの整備により地域のみなさんの利便性が増し、安全で安心した暮らしができる。地域間の交流が増し、さらなる活性化につながる。そうやって地域をより良くするという今の軸が、地域振興なのかなと思っています。
最近だと2年前に開通した、函館・江差自動車道(今回のアイアンマンジャパンのバイクコースのメイン)の北斗茂辺地IC 〜木古内IC間(茂辺地木古内道路:16km)までの延伸が挙げられるでしょうか。
このインフラ整備により観光振興は大きく進みました。
延伸区間が完成したあと、「人の流れが変わった」ということをよく聞きます。
木古内インターから先の地域でもアクセスがよくなったことで、「これまで以上に多くの人が訪れるようになった」など、ありがたいお話を首長さんたちからもお伺いしてます。
もう一つ。地域の振興において、街の名前を知ってもらうことが僕は非常に大事なのではないかと考えています。
たとえば道南地域の中でも、函館市は日本人であれば名前を知らない人はいないぐらい有名な都市であり観光地ですよね。一度は行ってみたいと考えている人は多いでしょうし、リピート率も結構高い。
一方で、道南全域で見てみると、それ(函館市)以外は全国に知られていない市町が多いと思います。
あまりにも函館市に一極集中しているようなイメージがあるので、それ以外の自治体がもう少し脚光を浴びられるような機会があるといいなと考えていました。
そんな可能性を秘めた、地域の活性化や振興につながるようなイベントの支援なども開発局の重要な仕事ではないかと思っています。
だから僕としては、今回のアイアンマンは、自動車専用道路を往復して木古内町で終わるのではなく、その先の知内町や福島町、松前町や江差町へコースが伸ばせれば最高だったのに、と本当は思っています。
そうなれば道南地域の盛り上がるエリアが広がるのになあと。
道南地域の地図を拡大すると、魅力的な観光資源を有するといった個性豊かな様々な街を見ることができる
今回のアイアンマンの話を聞いたとき、この大会は1回で終わりですか? それとも継続されるのですか? と最初にお伺いしました。
1回で終わるイベントならば実はあまり意味はないと思っていたからです。1回だけだと、地域のみなさんも苦労した、大変だったで終わってしまうでしょう。そうなると地域のことも、街の名前も知ってもらえない。
今回は北斗市や木古内町という、北海道民でも知らない人がいるかもしれない街のことを、そして街の名前を世界の人に知ってもらえる絶好の機会だと考えていましたので。
そこで、10年続くイベントを目指すという話を伺ったので、すごくいいなと思ったのです。
地域にとっての経済効果というのは、1回1回の宿泊や飲食というのももちろんありますが、長くイベントが続くことによって、目先の利益よりも、『街が知られる』『街の名前を覚えてもらえる』という、将来にわたり得られる利益のほうが格段に大事だと思っていましたから。
ーー 枠にとらわれない藤野さんの視点は組織の垣根も超えているようですね
最近だと函館管内だけではなくて、青森との交流にも力を入れています。
函館から札幌へは電車で4時間かかりますが、青森は新幹線を使えば1時間で行けるんです。
それほど近いわけですから観光面でも協力できればと思い、3年前に世界文化遺産に認定された『北海道・北東北の縄文遺跡群』をテーマにした取組みをしています。
函館市の同じ北のエリアに位置し、多くの観光客が訪れる垣ノ島遺跡(左)と大船遺跡(右)。『北海道・北東北の縄文遺跡群』の構成資産として世界文化遺産に登録されている。近隣にある 函館市縄文文化交流センター でその歴史を学ぶことも可能だ
青森には国交省の東北地方整備局があり、その事務所と連携し、道南の縄文の展示を青森のフェリーターミナルで実施させてもらいました。
そして今後、函館の空港や道の駅などに青森の縄文をPRする展示をしていけば、「こんな魅力的な場所があるんだ」と道南から青森に行く観光客も増えると思うのです。
青森に来た人が函館へ行く。函館に来た人が青森へ行くというように、世界遺産を巡る国内外の観光客が往来する。そんな繋がりがもてればいいなと考えています。
そうやって青森から新幹線で函館に来てくれる観光客が増えれば、その途中、(アイアンマンの開催地でもある)木古内町や北斗市も通るわけですし。
そして、そこからさらに松前町や江差町にも行ってみようという海外の方がもっと出てくればいいなと思っています。
まだ始めたばかりで地道な作業ではありますが、ちょっとずつその輪を広げていきたいですね。
北海道開発局 函館開発建設部の1階ロビーには手作りの縄文展示用サンプルの数々が展示されている。実際のPRアイテムでは道南18市町でキャラクターが創出されており、中には行政の公式キャラクターとコラボしたものも。横断的、そして話題性など相乗効果も生んでいるようだ
「やってみたらやっぱり良かったよね」ということは僕は多いと思っているんですよ。
ですから、今回のような機会(地域への利益が期待される新しいイベントが開催される可能性)は今後も大切に考えていきたいなと思っています。
ーー では、その「前例がない」大会に出場する参加者へ、藤野さんから期待することなどがあればお聞かせください
参加される選手には、「すごくいい大会だったね」と言ってもらいたいと思っています。
初めてアイアンマンに挑戦する方はもちろん、何度も出場している選手もいらっしゃるでしょう。そういった国内外の参加者に、「今まで出場したアイアンマンの中で一番素晴らしかった」と思ってもらえる大会になればいいですよね。
「良かったから来年もみんなで出ようよ」となれば、そこからさらに広がりが生まれるでしょう。
街のこともどんどん知られていくだろうし、道南地域だけに限らず、「北海道、やっぱりいいね!」って言ってもらえるような位置づけの大会になっていくことを期待しています。
そうなれば素晴らしいですよね。
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藤野 訓(ふじの さとる)
大学卒業後、建設コンサルタント会社でエンジニアとして働いたのち、30歳で転職。国土交通省北海道開発局に入局する。北海道の各地で勤務し、東日本大震災発生直後の2011年4月に国土交通省本省へ異動。主に土地収用の分野で東北の震災担当として復興事業に関する業務に携わる。
その後、復興を大きく推し進めるには直接現場で指導したいという思いから復興庁岩手復興局へ異動。岩手県内の市町村を中心に土地収用の実務や指導の重責を担当し、さらに東北地方整備局へ異動して、引き続き東北管内で復興事業に2年間従事。合計7年間、東北の震災復興に情熱を注ぎ続けた。
その後北海道開発局に戻り、昨年から函館開発建設部地域振興対策室長として業務にあたる中、アイアンマンジャパン開催に際して自動車専用道路の使用の実現に向け尽力した。
今年4月からは北海道開発局開発監理部用地課へ異動し、課長補佐として用地部門の業務に従事している。
インタビュアーの綱島浩一レースディレクター(左)と。アイアンマンジャパン・バイクコースの自動車専用道路使用はこのふたりから実現へと動き出した