【連載/トライアスリート新選組 ③ 】『木古内へ!』。幕末の SAMURAI たちが歴史を創った革命の地で、IRONMAN の開拓者たちが新たな歴史を創る 〜 The Last SAMURAI 〜

Triathlete 新選組

函館山から眺める木古内方面。これからの季節、トライアスリートにとってはトレーニングにも最適な環境を提供してくれるエリアとなる

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明治元年から1年半、新政府軍と旧幕府軍が覇権を争いぶつかり合う戊辰戦争の終焉の地となった道南エリア。
これらの戦線で旧幕府軍の一員として戦い抜いた新選組のメンタリティーなどを、アイアンマンとの親和性を提唱しながら、その歴史をトライアスリート目線で追って行く当コラム。
今回の舞台は9月のアイアンマンジャパンのフィニッシュエリアとしてスポットを浴びている木古内だ。

かつて蝦夷地と呼ばれていた北の大地が “北海道” として正式に設立されたのは1869年(明治2年)。
戊辰戦争最後の闘いとなった箱館(函館)戦争が同年の5月に終わり、勝利した新政府が、北海道の開発と統治を進める機関『開拓使』を設置した時期と重なる。

函館の名所、五稜郭タワー1Fのイベントホールで迎えてくれる土方歳三像(左)と、五稜郭公園に設置された彼の軍内の上司・大鳥圭介とのモニュメント

一方で、この時代背景において幕末の動乱期を戦い抜いた旧幕府軍、特にその一員として活躍した新選組副長の土方歳三や軍内で彼の上司であった大鳥圭介(写真上・右)の戦果は切っても切れないヒストリーのひとつとなっている。
その代表的な活動の舞台が今秋、アイアンマンジャパンのフィニッシュエリアとして賑わいをみせる木古内町である。

幕末の SAMURAI たちが目指した道南の地
“目指すは蝦夷地の平定”
戊辰戦争勃発後、新政府軍の占拠により江戸城を捨てた旧幕府軍の総裁、榎本武揚は率いる艦隊とともに東北に沿って北上していた。時を同じくして、残存する勢力を率いて本州の北へ戦いの場を移していった土方歳三や大鳥圭介。
彼らは仙台で合流したあと蝦夷地に上陸。そして箱館(函館)に進軍し、五稜郭を主要拠点に選定した話 は前回コラムで紹介している。

本州から遅れて桜の満開を知らせる道南地域。この時期、五稜郭はいつも以上の賑わいを見せる

そこで旧幕府軍が目指したのが箱館政権の樹立。彼らが理想とする新しいガバメントだった。
そのために欠かせないミッションが蝦夷地の平定で、具体的には箱館から南の渡島半島、いわゆる道南エリアの統治だったのである。
もちろんこの地域にはアイアンマンジャパンのスタート地点である北斗市、フィニッシュエリアとなる木古内町が含まれており、特に木古内は旧幕府軍 vs. 新政府軍の激戦の地として知られている。

五稜郭から北斗、そして木古内への進軍
明治元年の10月、土方歳三を隊長とする約700名の軍はそのミッションを完遂すべく五稜郭を出発。当サイト掲載の「道南を走ろう!」コラム でも紹介している国道228号を西進し、北斗から木古内方面へ。そして木古内で本陣を設置している。

ちなみにこの移動ルートは、アイアンマンジャパンみなみ北海道のレースウィークのプログラムと重なる部分が多い。大会のコースマップ(バイク)にトレースしてみると分かりやすいのだが、ここでその親和性を謳うのはいささか強引であろうか?

その後、旧幕府軍は拠点とした木古内からさらに西へ進んだ知内や福島、そして本丸となる対峙していた松前藩を配下に収めることに成功。
時を同じく別ルートで進軍していた陣営が、渡島半島の西側に位置する江差などを陥れ、旧幕府軍は当時の蝦夷地三大港となる箱館、松前、江差を占拠する。(下図参照)

蝦夷地上陸から旧幕府軍が進軍し配下に収めていった拠点ルートの概要。明治元年の年末までは攻勢が続き、蝦夷地平定を成し遂げたのだが……(出典:木古内町観光協会のHPより)

これにより蝦夷地平定を実現し、箱館政権を樹立することとなるわけだが、その成功の拠点となったのが木古内といえるのだ。

木古内で触れられる幕末史の風雲児たち
その後旧幕府軍は、年が明けるとともに増兵して攻勢をかけてきた新政府軍に押し戻されるかたちで戦況が悪化していくことになるわけだが、これら激しい攻防の代表的な舞台になったのも木古内。
現在、北海道新幹線・木古内駅のそばにある 道の駅 みそぎの郷 きこない 前には、この地で土方歳三と併せて新政権実現の一翼を担う活躍を見せた大鳥圭介のモニュメントが設置。戊辰戦争史でその名を残す人物や名所を紹介し、ゆかりの地を巡る『みなみ北海道最後の武士(ものふふ)達の物語』のストーリーのひとつとして、語り継がれている。

道の駅 みそぎの郷 きこない は、アイアンマンジャパン・フィニッシュ地点の 木古内町 役場から徒歩で300m。大会の視察時、レース終了後などぜひとも立ち寄ってもらいたいスポットだ

大鳥圭介は印刷術や写真法、蒸気船の知識や語学など多岐に渡る才能を有するインテリとしても知られていた。戊辰戦争終了後(旧幕府軍敗退後)、政府に一旦投獄されるも赦免後は冒頭に説明した『開拓使』任用され、新たな土地の開拓や農業の導入、インフラの構築などを推進。北海道開発で重要な役割を担い、ひいては日本近代化への貢献にもなったとされている。

そういう観点からも、木古内は北海道史始まりの地のひとつといえるのだ。

あれから1世紀半。
今年9月に道南を駆け巡るトライアスリートたちは、まさに日本のアイアンマン史の新たな開拓者となるだろう。
そんな勇者たちのパーフォーマンスを、幕末にこの地で躍動した SMURAI たちの姿と重ね合わせてみるのもまた一興だ。

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